ナガスネヒコ=脛が長い!今まで、その様な考え方をしたことがありませんでした。ウサギが、並んだサメの背中を踏んで渡る、という神話も、言われてみればサメの背中にはセビレがあるしツルツルして滑りそうだし、足場が悪そうです。実はワニだった、と考える方がスッキリしますね!
旧約聖書約束の地を求めて守矢の地へ参ったモーセと民たちその時日本では縄文文化の中心は諏訪地方 新約聖書キリストの青年期何十年間はどこかに修行に行き、帰ってきてから奇蹟を起こす。その何十年間は日本で修行し縄文信仰(ミシャクジ)と融合していたのではないでしょうか。
建御名方とは「ケイン女方(オンナ方)、あるいはオンナホ」に音読み、訓読みでそれぞれ意味を掛けてあります。建御名方とはケインの血統の女性、つまり娘であると伝えているのです。 古事記の作者は時の天皇ではなく、内情に詳しかった稗田阿礼と太安万呂であったのは稗田阿礼とは礼阿田稗「レア、ダビ(デ)」だったからです。稗田はヒエタではなくヒダであり飛騨なのです。太安万呂とは呂万安太、つまり「ローマ、アンダ」です。 ただ聖書には、ダビデ王はユダヤ人ではありますが悪を倒した羊飼いの少年がダビデ王となったとありますので、帝の直系ではないとも考えられます。では帝の直系とは誰かずばり「運慶」つまり慶運、ケインなのです。いろは歌が最後に「ん京」と付けるのは「京ん」つまりケインを表しているのです。いろは歌を原文の漢字で読めば秘密が多数暴露されていますよ。(読み方も①普通に右上から下に、②右上から左横に、③角だけ選んで、と読める様に漢字を選んで(音訓入り交ぜて)意味を伝えているのです。 作者(筆記者)の太安万呂の立場になって紐解いていくと核心が少しずつ見えてきますよ。
田中先生の縄文のお話をアップしましたので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。田中英道先生に聞く#2★縄文文明とは何か?日本は水の文明大国!火焔土器ではなく水紋土器!今こそ縄文を再認識!https://youtu.be/6Uh7wluxsk8
東日本に巨大王国があたっとしても、大陸に進んだ文明があって鉄器の使用や優れた馬術をもった民族が、大陸の先頭にまけて列島へ逃避してきている。その渡来民族が温和な縄文人の先人を奴隷として支配したと考えるのが自然。日本列島で人類が発生したわけではない。日本語自体は中東と関連が強いので、古代に中東からやってきた日本語を形成した人が縄文人ではないでしょうか。
このような日本国の歴史をアメリカは学んでほしいです、あまりにも訳の分からないことを言うことはよく考えてください、日本国の歴史は古いですアメリカとは資格にもなりません、これはイギリスがお分かりです、コロンブスがアメリカ大陸を発見したと騒ぎ立てるが日本とは資格にもなりません、わからない国がなんだかんだということはあまりよくないのでは日本国の歴史は大変なものです、朝鮮も日本の縄文時代にはまだ朝鮮半島には無人の国です縄文人がいたり来たりで住でいました、このように日本国の歴史は古いです。
自分は24年前に読んだ足立育郎著書「真 地球の歴史」の中で現日本人のルーツについて記述があって、それは超古代文明の破滅後、約5000年くらい前、プレアデス星の某惑星系にルーツを持つ一団が、中近東から途中(インドや中国)を飛び越えて土着の日本縄文人の住む中部地方に降り立ち、同化して高度な文化圏を築いた、とあることを思い出しました。一気に日本を目指したのは超古代文明の遺産である世界地図と世界的な文化交流の記憶を基に飛行物体を利用し一気に目指したということです。なぜ日本へ? これは田中先生のお話しで勉強を深めて楽しんでゆきたいと思います。
湿地帯を開墾灌漑し整地する土木技術に長けた人達と言うと、出雲からの大国主命が右手に持っている打出小槌のハンマーが連想されますが、似た条件であったであろう大和との共通点が思い浮かぶのが面白いと思いました。ユダヤ系の人たちは相当古くから、または最初から日本の国土形成に共に深く携わっていた様ですね。とてもそうは思えない出雲に実は沢山の技術を持った帰化人たちが同化していた。というのは、驚きでした。
昨夏、洩矢資料館にて天竜川の戦いの話しを知りました。先生の須佐之男がユダヤ人という事で、多賀神社のおしゃもじ、おたまじゃくしは蛙の子の意味がわかりました。You Tubeの情報発信で歴史を見直すきっかけになります。先生、これからも色々と教えて下さい。
過去に「群馬の羊太夫」について出版された本(前橋市の本屋さんだったかな?)を見て中をペラペラ捲った事がありました。スイスのユダヤ人?と諏訪に逃げ込んだ建御名方神とどんな関係がありますか?思い付きの推論の連続では説得力は零です。
先生のユダヤと日本の関係のお話しは素晴らしいです。大地溝帯の北端のガリラヤ湖から流れるヨルダン川と、日本の中央構造線の北に位置する諏訪湖から流れる天竜川。古代、日本を訪れたユダヤ人はこの風景に共通する何かを感じたのかもしれませんね。
ナガスネヒコ=脛が長い!
今まで、その様な考え方をしたことがありませんでした。
ウサギが、並んだサメの背中を踏んで渡る、という神話も、言われてみればサメの背中にはセビレがあるしツルツルして滑りそうだし、足場が悪そうです。
実はワニだった、と考える方がスッキリしますね!
いつも思うんだが田中英道氏はヘブライ語がどれくらい達者なんですか。
旧約聖書
約束の地を求めて守矢の地へ参ったモーセと民たち
その時日本では縄文文化の中心は諏訪地方
新約聖書
キリストの青年期
何十年間はどこかに修行に行き、帰ってきてから奇蹟を起こす。
その何十年間は日本で修行し縄文信仰(ミシャクジ)と融合していたのではないでしょうか。
建御名方とは「ケイン女方(オンナ方)、あるいはオンナホ」に音読み、訓読みでそれぞれ意味を掛けてあります。
建御名方とはケインの血統の女性、つまり娘であると伝えているのです。
古事記の作者は時の天皇ではなく、内情に詳しかった稗田阿礼と太安万呂であったのは稗田阿礼とは礼阿田稗「レア、ダビ(デ)」だったからです。
稗田はヒエタではなくヒダであり飛騨なのです。
太安万呂とは呂万安太、つまり「ローマ、アンダ」です。
ただ聖書には、ダビデ王はユダヤ人ではありますが悪を倒した羊飼いの少年がダビデ王となったとありますので、帝の直系ではないとも考えられます。
では帝の直系とは誰か
ずばり「運慶」つまり慶運、ケインなのです。
いろは歌が最後に「ん京」と付けるのは「京ん」つまりケインを表しているのです。
いろは歌を原文の漢字で読めば秘密が多数暴露されていますよ。(読み方も①普通に右上から下に、②右上から左横に、③角だけ選んで、と読める様に漢字を選んで(音訓入り交ぜて)意味を伝えているのです。
作者(筆記者)の太安万呂の立場になって紐解いていくと核心が少しずつ見えてきますよ。
田中先生の縄文のお話をアップしましたので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
田中英道先生に聞く#2★縄文文明とは何か?日本は水の文明大国!火焔土器ではなく水紋土器!今こそ縄文を再認識!
https://youtu.be/6Uh7wluxsk8
ソロモン神殿と諏訪御柱祭の関係性に驚きました。御柱祭はお祭りとして魅了されますが、昔から諏訪一帯の住人は長野県の中では異なっていると聞いたことがあります。歴史は面白いです。
東日本に巨大王国があたっとしても、大陸に進んだ文明があって鉄器の使用や優れた馬術をもった民族が、大陸の先頭にまけて列島へ逃避してきている。その渡来民族が温和な縄文人の先人を奴隷として支配したと考えるのが自然。
日本列島で人類が発生したわけではない。日本語自体は中東と関連が強いので、古代に中東からやってきた日本語を形成した人が縄文人ではないでしょうか。
このような日本国の歴史をアメリカは学んでほしいです、あまりにも訳の分からないことを言うことはよく考えてください、日本国の歴史は古いですアメリカとは資格にもなりません、これはイギリスがお分かりです、コロンブスがアメリカ大陸を発見したと騒ぎ立てるが日本とは資格にもなりません、わからない国がなんだかんだということはあまりよくないのでは日本国の歴史は大変なものです、朝鮮も日本の縄文時代にはまだ朝鮮半島には無人の国です縄文人がいたり来たりで住でいました、このように日本国の歴史は古いです。
自分は24年前に読んだ足立育郎著書「真 地球の歴史」の中で現日本人のルーツについて記述があって、それは超古代文明の破滅後、
約5000年くらい前、プレアデス星の某惑星系にルーツを持つ一団が、中近東から途中(インドや中国)を飛び越えて土着の日本縄文人の住む
中部地方に降り立ち、同化して高度な文化圏を築いた、とあることを思い出しました。一気に日本を目指したのは超古代文明の遺産である
世界地図と世界的な文化交流の記憶を基に飛行物体を利用し一気に目指したということです。なぜ日本へ? これは田中先生のお話しで勉強を
深めて楽しんでゆきたいと思います。
田中英道先生のお話は、信用できるので、よく聴いています。
目から鱗の情報もあり、とても面白いです。
勉強になります。
ありがとうございます。
湿地帯を開墾灌漑し整地する土木技術に長けた人達と言うと、出雲からの大国主命が右手に持っている打出小槌のハンマーが連想されますが、似た条件であったであろう大和との共通点が思い浮かぶのが面白いと思いました。ユダヤ系の人たちは相当古くから、または最初から日本の国土形成に共に深く携わっていた様ですね。とてもそうは思えない出雲に実は沢山の技術を持った帰化人たちが同化していた。というのは、驚きでした。
宮崎弁と青森弁がよく似ていると言われていますね。繋がりが見えてきたような気がしています。
昨夏、洩矢資料館にて天竜川の戦いの話しを知りました。先生の須佐之男がユダヤ人という事で、多賀神社のおしゃもじ、おたまじゃくしは蛙の子の意味がわかりました。You Tubeの情報発信で歴史を見直すきっかけになります。先生、これからも色々と教えて下さい。
鰐について。日本にも野生の鰐がいたことが鰐の化石が発掘されたことで明らかになりましたね。
ソロモンの神殿の柱はレバノンから引いてきたと記されていますね。
「シャムライ」はアラム語の「戦人」と聞いています。
ユダヤ人はDNA的にはイサクの中にいたわけですのでイスラエル民族として記憶すべき事だったと思いす。
アスカリアン??
聖徳太子はキリスト教徒であった。
みんなが知ってるとこを自慢げに話す田中教授。
こういう独自の推論で歴史を語る人何人かいるけど、推論に推論重ねてるだけだからね?楽しく聞くには需要あるんであろうけど史実とは実証されてない事は理解して聞かないと。信じ込んだら駄目だよ
過去に「群馬の羊太夫」について出版された本(前橋市の本屋さんだったかな?)を見て中をペラペラ捲った事がありました。
過去に「群馬の羊太夫」について出版された本(前橋市の本屋さんだったかな?)を見て中をペラペラ捲った事がありました。スイスのユダヤ人?と諏訪に逃げ込んだ建御名方神とどんな関係がありますか?思い付きの推論の連続では説得力は零です。
先日、善光寺と諏訪大社に行ってきました。御柱が、なぜ樅ノ木なのかな~っと不思議でしたが、お話を聞いて、府に落ちました。
善光寺のご本尊も無縁ではなさそうですね。
大国主命はインドから来た説があるらしいのですがどうなんでしょうか?
なるほど‼️面白いお話です。
先生のユダヤと日本の関係のお話しは素晴らしいです。大地溝帯の北端のガリラヤ湖から流れるヨルダン川と、日本の中央構造線の北に位置する諏訪湖から流れる天竜川。古代、日本を訪れたユダヤ人はこの風景に共通する何かを感じたのかもしれませんね。
ユダヤ人は何人くらい来たのかな